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執筆者の写真Toshikazu Maruno

8月15日、終戦記念日




鹿児島は朝から蝉の鳴く蒸し暑い天気となり、時折激しいにわか雨に見舞われています。

お盆の真っ只中、今日は月曜ですが皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

僕はオフを利用しブログを書いています。


先週末にお盆を迎え、今年も亡き両親が我が家へと戻ってきました。

この「我が家」というのは、「彼らの」という意味です。

僕が住んでいるこの家は実家であり、亡き両親が建てた家であります。

両親にとってもこの「我が家」が一番落ち着くと思うので、両親はきっと寛いでいると思います。


さて、お盆を迎え世の中の雰囲気が変わる頃、8月15日がやって来ると、「何か」が僕に「今日は終戦記念日」だと伝えます。

戦後77年となりますが、僕は終戦の24年後の「平和」の中で産声を上げました。勿論、僕は太平洋戦争を経験した事がないわけですが、今まで生きてきた中でその戦争についての映画や、ドキュメンタリー・フィルム等々見聞きしてきましたし、広島、長崎の原子爆弾による被曝の話も何度となく聞いてきました。僕は鹿児島出身ですので、「知覧特攻平和会館」へも父と足を運んだ事もあります。「戦争」で起きた事を知る度に「平和」という言葉の意味の重さを感じ、こうして戦争による血を流す事なく無事に生きてこれました。

しかし、他の国に目を向ければ、この地球(ほし)において「戦争」は無くなる事はなく争い事は絶えません。


2020年から始まった「コロナのパンデミック」。

今まで当たり前のように過ごせていた生活が「ウィルス」によって国が、国民が、規制され統制され人々の間にも歪みが生じているように思います。

「僕は大丈夫」なんて事は言えません。「明日は我が身」です。


こうした状況が新たな「戦争」へとつながらない事を切に無がっています。

そして僕は今日のこの「終戦記念日」に心から平和を強く願い手を合わせ祈る事でした。


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